最高級商業施設 銀座 和光ホールで個展を開催された実績を持ち 権威ある国展連続受賞他、数々の展覧会において受賞歴を誇る染織作家 松尾鏡子氏が生み出す最高峰の織物。スポットガーデン初登場。
民藝運動の父と謳われる柳宗悦氏(やなぎむねよし)の血を引く柳悦考(やなぎよしたか)・柳悦博(やなぎよしひろ)兄弟 という 現代の染織史に最も影響を残す二人の染織家に師事し 志村ふくみ氏からも一目置かれる存在 松尾鏡子さん。
染織に魅せられ ただひたすらに布を愛し磨き上げられた技術と感性により他の追随を許さない圧倒的な作品を世に生み出されます。
「好きなことをしているだけなんですよ!」
そう言って屈託のない笑顔をみせられた事がとても印象的だった松尾鏡子さん。先日 京都の紬専門問屋さんの業者向け展示会において初めてお会いさせて頂き本品を仕入れた時のことです。
個展形式の展示会で松尾さんの作品の数々が展示販売されていました。作品の美しさに感動し「どれも素晴らしいものばかりですね」と私が松尾さんに言葉を掛けさせていただいた返答にそうおっしゃったのです。
染織作家さん特に女性作家さんにお会いするたびに思うのですが、細密で精巧な織物を製作されている職人ということで気難しい方なのかという想像とは真逆の人懐っこいお人柄の方々ばなりなのです。最近お会いした上原美智子さんや浅岡明美さん同様に松尾鏡子さんもまるで少女のような笑顔を見せられるのです。しかしお話しするにつれて、その人懐っこさとは対照的な染織に対する妥協を許さない強い信念と情熱を持たれていることに思い知らされます。これだけ人を感動させる作品を製作するまでの並々ならぬ努力とご苦労を考えれば当然と言えば当然なのですが その苦労をも「好きなことをしているだけなんです」という一言で片付けてしまわれる大らかさにただただ尊敬の念を抱かずにはいられません。
本品についてご説明させていただきます。
ヨコ糸には精練していない生糸(なまいと)を用いタテ糸には生糸と練り糸を1本ずつ交互に配されています。
※生糸とは・・絹の繊維は本来セリシンと呼ばれるタンパク質で表面が覆われています。セリシンに覆われていることで繭を紫外線から守るのと同時に 硬くてざらつきのある感触になります。このセリシンで覆われたままの糸を「生糸(なまいと・すずし)」と呼びます。一般的に製糸した後にこのセリシンを落とすことで皆さんが馴染みのある滑らかで光沢がある絹糸に仕上がるのです。この工程を精練(練り)と呼び,精練された糸を練り糸と呼びます。
この精練の作業も松尾さんご自身で行われます。原糸を大きな枷のまま購入し糸の太さ毎に分類し ペーハー値を測りながら木灰を使って精練されます。
そし思い描く織物の仕上がりによってそれらの生糸や練り糸を太さも鑑みながら使い分けされます。
本品の緯(ヨコ)糸は地の部分には生糸 浮織りの柄部分は練り糸が用いられています。そして縦(タテ)糸は生糸と練り糸を1本づづ交互に配されているのですが、実に6種類もの異なる太さの糸を用い 更に糸と糸の間隔に変化を付ける事でタテ方向の縞が地模様のように現れているのです。その6種類の糸はランダムに配されているのではなく規則正しく順番を計算しているという拘りが隠されています。
また、練り糸を用いる意図として生糸に比べて絹が持つ光沢が有るということ また織上がりのシャリっとした風合いを抑える事で冬場でも使いやすい質感に仕上げる事にあります。
※浮織の柄部分に光沢があるのは練り糸が用いられている為です。
糸染め・・草木染の揺らぎ・・
この帯を一目見て飛び込んでくるのが綺麗なグリーンですね。このグリーンは 松尾さんいわく「わさび色」なのだとか。確かにわさび色です。
刈安を用いて一度糸を黄色に染めた後に青の化学染料で重ね染めすることでこのような綺麗なグリーンに染めあがります。
タテ糸の半分に用いられている練り糸は渋木で生成り色に染められています。生糸は染めずに生成りのままですが練り糸は精錬する事で白くなるため渋木で生成り色に染めているととのことです。
そして浮織の柄部分の金茶色は刈安染に「ざくろ」で重ね染めされています
化学染料では味わうことが出来ない草木染による不確かな揺らぎが工芸染織としての趣きを更に際立たせているのです。
極められた織り技・・菱綾織り・・浮織り
第一印象は綺麗なグリーン(松尾さんいわく「わさび色」)に目がいくのですが、高度な織の技術によって現れる布の美しさこそに染織美の魅力が宿させるのです。
本品は無地の部分は平織りで製織され柄の部分は綾織りで製織されています。浮織りの柄はもともと柳氏からは直線状の菱形になる菱綾織で花織のような柄を織り出すように教えられたのですが、松尾さんが独自に研究し自然な曲線の丸みを帯びた柄になるように考案されました。この丸みが優しさを生み出し柔らかな女性らしさを感じさせてくれるのです。
手織りの機はタテ糸を通し上げ下げする装置を4枚用いた「四枚綜絖」で6つの踏木(ペダル)を使い分けて平織の無地場と浮織の綾織が製織されています。
この説明を直接お聞きしたのですが「綾の柄の間に平織を1回入れて・・・」とかなり詳しく説明していただいたのですが途中から原理が全く理解できずにちんぷんかんぷんになり最後の方は「ふんふん・・なるほど・・」と上の空の返事になってしまいました。それを察知してか「口で説明されても実際に織っているところを見ない事にはわからないですよね(笑)」と松尾さんはおっしゃったのですが、恐らく実際に見ても 織を習っておられる方でなければ理解しきれないほどに複雑ではないでしょうか。大抵の職人さんは織に関する説明を私たちにされる場合にはあまり詳しく話されませんが、私に対しても面倒がらずにひたすら詳しく説明される松尾さんの染織が楽しくて仕方がないという情熱がビンビンと伝わってきたのでした。
松尾さんの作品の中には八枚綜絖を用いた本品(四枚綜絖)よりも遥かに複雑な織の作品もあり、その高度な技術にただただ驚く以外にありません。精密機械のように緻密な織を人の手によって行うことで有機的な息吹が宿り、作品を見る者 触れる者 そして御召しになる方に感動と温もりを与えてくれるのでしょう。
※松尾さんはほんの僅かですが白生地も製織されており 国画会の重鎮 染色家 古澤万千子さんの染地にも用いられているのは有名な話です。
本品は少し透け感のある織物である為 夏専用の帯と思われるかも知れませんが単衣から袷のシーズンにお使いいただく為に作られた帯です。しかし盛夏にお使いいただいても違和感なくお召しいただけます。
その昔 松尾鏡子さんが師である柳悦博氏ご夫妻と型絵染の創始者 芹沢けい助氏(けい=金偏に圭)の工房を訪ねられた際に柳氏の奥様が真冬の2月に本品のような生絹の帯を締められていたそうです。その姿が余りにも素敵で「和服というものはお召しになられる方の感性 感覚次第で季節は自由なんだ」と実感されたというお話を松尾さんから伺いました。正に目からウロコとはこの事です。サラリと軽快に生絹の帯を真冬に着こなす。なんてお洒落なのでしょうか。単衣から袷向きと最初に申し上げましたが季節という概念を捨ててご自身の感性のままにオールシーズンお使いいただきたい帯と申し上げて良いのかもしれません。「着物上級者なら良いけど私みたいな未熟者には難しい」という声が聞こえてきそうですが 着物は自由なのです。固定概念にとらわれることなく気軽にお召しいただく事こそが作り手も我々販売者にとっても最もうれしいのです。
美しいキモノ2018年秋号 102P~105Pに4ページに渡り松尾鏡子さんの特集記事が掲載されていますのでお持ちでしたら是非ご覧ください。
松尾鏡子 略歴
1948年 佐賀県唐津市に生まれる
1972年 女子美術大学卒業
1972年 卒業後 後の学長である柳悦考氏の工房に入る
その後すぐに悦考氏の勧めで柳悦博氏の工房に移り糸作りから学ぶ
1975年~約20年に渡り国展に連続出品(1984年を除く)
1975年 国展 新人賞受賞
1982年 新人染織展 佳賞受賞
1983年 故 宮崎マセ氏の元で地機による佐志葛布捩り織の復元
1984年 新人染織展 通産大臣賞受賞
1985年 日本伝統工芸染織展 入選
1987年 国画会会友となる(国展で5回連続入選すると会友の資格が得られる)
1991年 日本のきもの染織工芸展(ドイツ ハイデルベルグ市)招待出品
1994年 国展 会友優作賞受賞
1996年 国画会退会
1996年~2000年 アジア工芸展出品
1996年 アジア工芸展 FBS福岡放送賞受賞
1998年 新人染織展 技術賞受賞 アジア工芸展 アジア工芸賞受賞
2000年 アジア工芸展 福太郎賞受賞
2006年 銀座 和光ホールにて個展開催
2006年 『絲と色』松尾鏡子織物選(瑠璃書房より)刊行
糸作りから糸染め そして織に至るまで拘りぬかれた工芸染織の中の工芸染織 松尾鏡子さんが卓越した技と経験によって生み出された九寸名古屋帯 決して煌びやかでも華やかさが際立つわけでもありません。ただ静かに佇みながらさり気ない気付きの存在感を放つ作品なのです。
専門店参考価格50万前後のお品ですので品質・デザインは勿論のこと価格においても自信を持ってお勧めさせて頂きます。季節を問わずお客様の感性のままにお楽しみ下さい。お目に留まりましたら是非お手元にお迎え頂けましたら幸いです。
※写真と実物とはモニターや画像処理の関係上、若干異なる場合がございますので予めご理解ください。