【長さ】約510cm
【草木染 杉綾織 絣縞 手織り九寸名古屋帯】
素材を愛し染に拘り手織りによって息吹を吹き込む。そうして織上がった絹布の静けさの中に漂う力強さが胸に響きます。染織作家 上原美智子氏の人生から生まれる信念がそこに宿っているのです。
群馬県産の国産春繭から上州座繰機で引き出した底光りする赤城の節糸や、ふわっとした質感のネットロウシルクなど異なる風合いの絹を原料とし、精錬を不十分に施す事でシャリ感のある糸に仕上げ、自宅の庭などで採取される草木によって染められた糸に、手織りによって命を吹き込み出来上がった布が本品です。
あまりにもこだわりぬいた素材への執念は、私には理解しきれないほどであろう愛情が注がれ、その信念がこの布の基礎として宿り言葉では決して伝わることのない響きに心が揺さぶられるのです。
絣横縞
横縞部分は絣糸が用いられていますので線の濃淡が奥行や動きを生み、地色も左右で濃淡がつけられており シンプルさの中にも豊かな表情を漂わせます。
生絹(なまぎぬ)
シャリっとしてざらつきのある肌触りが魅力の布。 それは絹糸を不完全に精練している生絹(なまきぬ)を用いている為です。
精練する前の絹糸はまだとても硬いものです。絹はフィブロインという物質で構成されているのですが、繊細なフィブロインを紫外線から守るためにセリシンというタンパク質でコーティングされています。このセリシンを精練と呼ばれる工程により落とすことで絹が持つしなやかなドレープ性と光沢が現れます。
その精練を不完全に処理することでセリシンが繊維に残り、シャリっとして少しザラつきのある味わい深い糸に仕上がるのです。
どれくらいセリシンを残すのかは上原さんの長年の経験に頼り、そこにも強い拘りを持たれています。一般的には化学薬品によって精練されるのですが、上原さんは親しい陶芸家の方から陶器を焼き上げる際に残った木灰を譲り受け、水の中で掻き混ぜその上澄みを使って精練されます。
長年の経験からどれくらいが丁度いいのか、pH(ペーハー)の濃度を測り用いられます。
絹を愛するからこそ、天然のものに拘り糸を労わることによって、絹が持つ潜在能力を最大限引き出されているのです。
手間を惜しまず 生まれ持つ美しさを追求する。それこそが、「100年後の人々に感動してもらえる織物を作りたい」という上原さんの譲れないプライドなのです。
本品は、生絹のシャリ感とザラつきが有りますが、ふんわりとした絹糸も用いられていますので、杉綾織の弾力性と相まって ふっくらとした風合いを併せ持ちます。
杉綾織(すぎあやおり)~ヘリンボーン~
本品は、綾織の一種 杉綾織と呼ばれる技法で製織されており、肉厚感と弾力性に富んだ布にしあがっています。布の表面を見ると織り目が斜め方向に走っているのがお分かり頂けると思います。その斜めの織り目が左右交互にジグザグに走っているのが杉綾織です。杉の葉のように見えることからその名が付いており、洋服ではヘリンボーンと呼ばれており皆さんも馴染みがあるかもしれません。
綾織全般に、肉厚感があり弾力性に富んでいるのが特徴ですが、その中でも杉綾織は丈夫でシワになりずらく機能的にも優れています。
さり気ない絣の味わい
横縞の柄を表しているふっくらとした太い糸は濃淡で染め分けられた絣糸になっています。1本のラインに濃い部分と薄い部分があるため奥行と動きが生まれ、杉綾織の織り目模様と相まってシンプルな色柄に豊かな表情を漂わせるとともに、工芸品としての味わいや趣き、何よりも風格を感じさせます。
V字の織り目が連なる杉綾織は肉厚で弾力性があり、丈夫でシワになりずらく回復力にも優れ、この地模様が機能性にお洒落さと高級感を付け加えます。
上原美智子さんが生まれ育った沖縄の歴史と現実 自分自身の生い立ち それらが複雑に絡み合って自分を見失いそうになった時・・・自分を見つける為に実体のあるリアリティーを求めた先に有ったものが織物 それが上原さんが織物に携わることになる入り口だったと語っておられます。第二次大戦を身をもって体験され片足を失った母親から幾度となく聞かされた事からまるで自分自身が体験したようにリアルに映像として刻まれた沖縄の悲しい歴史 東京での短大時代に沖縄へのその思いから学生運動や沖縄本土復帰運動などにも顔を出された中 アジテーション(扇動)という実体のない言葉だけの薄っぺらさに嫌気がさし 自分がやりたいことが見つからず一体何が出来るのだろういうコンプレックスが絡み合い 実体のあるものを生み出す事へその意味を求められた先に出会ったものが織物だったのです。
工房周辺の草木を採取して糸染めされています。
本品には琉球藍が用いられていますが、発酵建ての藍ではなく藍の生葉で染めらせていますので、一般的に思い起こす藍色ではなくグレーや薄紫、薄緑など様々な色に染まります。
上原美智子氏 略歴
1949年(昭和24年)沖縄県那覇市に生まれる 高校卒業後上京し大学卒業後1971年(昭和46年)民芸運動の父「柳宗悦」氏の甥にあたる「柳悦博」氏に師事し染織を学ぶ。柳氏は多くの弟子を取らず順番待ちの状態だったのですが 上原さんが沖縄出身だと知り運よく弟子に迎え入れられたのだそうです。柳宗悦氏が沖縄の染織に感動し沖縄の工芸品を広く世に知れ渡らせることによって沖縄処分以降衰退していった伝統工芸が復活したという歴史があったからこそ悦博氏が上原さんを弟子として迎えられたきっかけだったのでしょうか。
そして1974年(昭和49年)沖縄に戻り 第二次世界大戦で壊滅状態であった沖縄の染織を紅型染の城間栄喜氏や芭蕉布の平良敏子氏らとともに復興に尽力された「大城志津子」さんの元で沖縄の織物技法を学ばれました。
1974年(昭和54年)まゆ工房を設立し独立 その際にはお父様や公庫に頼み込み借金をし独立されましたがその返済に困り大変苦労されたという事です。それでも織物の世界で生きていきたいという強い信念が実り 作品が認められ 個展やグループ展を数多く行われ 着尺や帯だけでなく「あけずば織」のショールの制作など和洋の世界で広くご活躍されています。
絣の横縞はお太鼓と前帯部分が密になっています。
上原美智子 まゆ工房 草木染 杉綾織 手織り九寸名古屋帯
選び抜かれた素材に天然の染め、そして命を吹き込む手織りの技。奥深さや味わいといった工芸染織の魅力が凝縮された絹布はシンプルさの中に唯一無二の風格を漂わせます。「ほかに代替えが効かないもの」それこそが染織作家の作品が持つ醍醐味なのです。
お目に留まりましたら是非お手元にお迎えください。
スポットガーデン 筑摩和之
本品は美しいキモノ2021年春号(2月20日発売)にてモデル掲載されたお品です。
※未仕立ての状態です。
※着用痕や折れ筋などは一切ございませんので新品正規品としてご提供させて頂きます。
※写真と実物とはモニターや画像処理の関係上、若干異なる場合がございますので予めご理解ください。